うちのおとお。(サムネには物申すことあがある)

うちのおとお。(サムネには物申すことあがある)

久々になってしまったブログ。

今は2026年の夏で、そうあのサハラ砂漠からの熱波がウヲオオーーって来ている時期。

うちは、屋根の下の部屋なので、陽が当たらない時間になっても、屋根からと、前の家の屋根で熱されたサウナのような空気が悶々とのぼってきて、そんでもって、うちに入ってくので、マジで暑い。

あの熱波10日ぐらい続いた時は、どーにも家にいれないので、毎日のように友達のアンティークbijouxのboutiqueに避難していた。でも、外に出ると鉄板の上で目の前でドライヤー温風を当てられてるような、外でりゃ「焼き」家にいれば「蒸し」なので遠くもいけず。。

そうまるで拷問。

あーギロチンでなくてよかった。

とはいえ、そんな時は暑い暑いジャポンを考え、そこで毎日通勤しているサラリーマンや、OLさんを想像して「いやいや、それに比べれば」と思うわけ。

OLと言えば、しあがり寿のヒゲOLを毎回想像する。ヒゲが立派なOL..だいぶ昔の漫画だけど、時代が追いついてるぜ!

 

と長い前置き。

今年は、いや、去年の11月から今年の2月までジャポンにいて、

1ヶ月ちょっと帰ってきたら、3月末にはまたジャポンで5月頭まで。

うちのおとおがいきなり、とんでもなく弱ってきてて、介護に帰ったのが去年のお11月。

急にご飯もあんまり食べれなくなって、動くのもしんどそうになっていた。

帰って会った時は、「想像してたより。。」って思ったけど、なんで一気にそうなったのか兄ちゃんも自分も考えてもわからず、当たり前よね。お医者じゃないもの。

しかも自分に至っては、毎日一緒にいたわけではないから、経過も知らんし。

とにかく、うちのおとおは、根っからの九州男児でさらに好きに生きて、あんまり周りを考えない豪快な人だった。もっと加えて行ってみると、周りを考えない、、というのは今の常識での考えないであって、「今の空気を読む」「普通に考えれば、、(お前の普通知らねーよ)」が一切ない感じ。

そんなおとおとは、昔は一切話したことがなくて、なんならほとんど顔も合わせなくて、たまに会うと気まずい感じだった。

うちは、おかあはもう20年前ぐらいに亡くなっていて、

その時も、もうフランスにいたんだけど、予想もしてなくいきなり死んだことを知り、次の日に帰ったらもう時差もあり、死後4日ぐらいになってて、、まだ暑い時期だったから、冷蔵庫に入ってて、、いまだに思い出すと泣いてしまう。

まあ、そんなんで、おかあが死んで5年近くは落ちて、、多分ほんのり鬱だったと思う。それもあったから、おかあがいなくなってから話すようになったおとおには、

「おとおが死んでも、多分泣かない==。人は死ぬっていうのわかったから」と言っていた。

最初の介護での帰国の時は、介護認定、マイナンバー紐付けとかそういった始めのことからしないといけなくって、相当大変だった。

兄ちゃん(この兄ちゃんも問題あるんだけど)が同居しているのもあり、介護認定はほぼ無いに等しい感じのもので、しかも認定来るまでに1ヶ月かかるし、ケアマネさんは介護度低いから受けてくれる人いないし。そもそもどうやって探すのかもわからないし。

そうこうしている内に、あっという間におとおの状態は悪化していた。

いや、今思うと。。。だけど。

弱ってるけど、元気というか、、一時的なものでまた元気に酒にみに毎晩出るようになる、そんな感じにみんな思っていた。

だけど3ヶ月滞在の最後の方には、おとおはとんでもないクソやろうになっていて、何に対しても「いらねーよ」「やらねーよ」「お前はろくなもんじゃねーな」と言われまくっていて、マジで辛かったーーー 

こ、こ、このーーーーーくそやろおおおおおお!!!!

と何度思ったか。

まだ死にかけになったことはないので、その状態の人の気持ちはわからないけど、そうなるものらしい。

あ、すでに大分長く書いてしまった。まだまだ書き出すと止まらないのだけど、

兎にも角にも、自分はわりかり性格的におとおに似ていたので、帰った時は気があって楽しくやっていた(つもり)だったけど、今は、そんな良い思い出は頑張らないと思い出せなくて、おとおの思い出というと、あの弱った、くそ野郎の、最後の半年ぐらいのおとおしか思い出せなくなってきてる。そんだけ、インパクトが強かったってことなのね。

帰って1ヶ月ちょっとしてから、介護ベッドから落ちて倒れてて、そのまま入院していたおとおが死んだという連絡が入り、またおかあの時のように、急いで帰ったが、やっぱり3日後ぐらいに着いた。

泣かない、クソ野郎だったし、泣かないって思っていたが、やっぱり猛烈になける。

その後はご想像のように、うちらはもう両親がいないので、いろんな書類が山積みで忙しくしていたけど、

そのおとおの死から、いや、介護時から、自分の考え方が変わってきた。

 

 

あ、ここからが本題なのーーーー長くてごめんよ。

お母の時もそうだったけど、「あの時あーしていれば、こーしていればまだ元気だったかも、」「医者のせいで、兄ちゃんのせいで」

「自分のせいで」

って思うことが毎日あるけど、その後すぐに、

いや、人は、死ぬ時は一人だから、誰のせいとか、そういう生かされてる的な事はないよな。。もっとシンプルなことだろー多分。

 

と思い直すようにしている。

そして、家の整理などしてても、物を持つことになんの意味があるのかしら?とか、ストレス控えめで今後は生活したい、ナチュラルに行きたいとさらに思うようになってきた。前向きに言うとそんなんだけど、もう結構全てにやる気ない感じ。

そのきっかけからか、若い頃からあった白髪、そのためにカラーをしていたのをもうやめよーとなり、今、グレーヘアに移行中になっている。

なんつーか、ありのままでいいかなーと。いや、ちゃんと見せたい人が染めるのも、気持ちに忠実でありのままなんだけど、自分はその辺のストレスも捨てたいというか、白髪=年寄り を気にするのも対人への対応?行動?若く見せたい?みたいな気がしてきてさー。

幸い、おフラには、いろんな人種の人がいて、いろんな髪色の人がいるから、自分のごま塩もありかな。と。

いや!!長く書いて、本編みじかっ!!!そして白髪への言い訳ーかよ!

でも、これが今のところの正直なところ

 

チャオー

 

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